1998年大学に入学と同時に、軽音楽部に入部。ミクスチャーバンドのMCとして音楽活動を開始。名古屋のライブハウスを中心にライブ活動を行う。当時からラップを操っていたこともあり、クラブシーンにおいても平行して活動をスタート。2000年に3MC+1DJスタイルのHIP HIPユニットを結成し、バンドとHIP HIPユニットの両立をすることで独自のスタイル確立、スキルを磨いていく。

2001年には、自身が活動していたバンドとHIP HOPユニットを統合する形で"ASIAN PIMPS"(3MC+BAND)を結成、リーダーを務める。クラブ/ライブハウスを問わずにバンドスタイルで活動を行い、その存在感を遺憾なく発揮していく。

2002年、2003年とASIAN PIMPS名義で音源をリリース。その一方では、ASIAN PIMPS名義でコンピレーションアルバムへの参加や、シーモネーター(現SEAMO)&DJ TAKI-SHITのアルバム「シモダス」、HBのアルバム「WELL DONE」への客演参加等を行う。ASIAN PIMPSとしての活動が激化する中、ソロMCとしても注目を浴びるようになり、数々の客演オファーを受けることになる。

2002年発表のHBのシングル「Rapper‘s High」に客演参加。その後のリリースツアーにも参加し、後に発表されたアルバム「SONG LINE」にも収録される。

2003年発表のTOKONA-Xのアルバム「トウカイXテイオー」収録曲「JYOSHIDAI ROCK」に客演参加し、後のアルバムリリースツアーにも参加。

2004年発表のnobodyknows+のシングル「ココロオドル」C/Wナンバー「オレ la 流 〜dreamin' day〜」に客演参加。後のアルバム「Do you know?」リリースツアーにも参加。

2006年5月には、ASIAN PIMPS名義で発表のアルバム「nagoyaROCKers」に収録されたリード・トラック「DAYDREAMER」がZIP-FMチャート最高位3位を記録する。

2006年6月には、nobodyknows+、SEAMO、”E”qual、AK-69 など名古屋を拠点に活動する多数のアーティストがコラボレートしたコンピレーションアルバム「Peace from Central Japan」に3曲参加。

2006年11月には、盟友・ヤス一番?(nobodyknows+)との共演も話題の1stミニ・アルバム「情熱のばか」でソロデビュー。さらに活動のフィールドを広げるべく、2007年8月8日発表のミニ・アルバム「天然音源」でメジャーデビューを果たす。

2008年2月6日には、両A面シングル「ダンスダンスダンス/ハローハロー」の発売。そして4月23日、待望のメジャー・ファーストソロアルバム「よろしくマイハート」遂にリリース。